2018/04/24

1963年生まれ30歳の年大きな出来事がありましたですその3

出張から帰ってきて、嫁の希望通り 親分の会社で働くようになった30歳になったばかりの男です。出張に行かずに事務所で型枠を作ったり、建設リース品や宿の手配、それから人員配置、社長(親分)と一緒に営業(とは言っても運転手です)等 仕事をしてました。 もうひとり、大学の頃 バイトしてて卒業してから就職したM君という子が同じような仕事をやってました。8つ程年下なのですが前から知ってる子で 人なつこくて仲良くやってました。しかし、職場では先輩でもあります。

嫁の思惑は、たぶん出張に行ってた頃の収入だったはずなんで、自宅から勤務が続くと出張手当もないし、あのときは臨時の職人で行ってたから単価もよかったので 社員になれば当然、あの時と同じような収入を得る事は無理です。アテがはずれたと思います。

 そういえば、失業保険の手続を人生初めてやってました。就職がきまれば就職支度金みたいな名前だったと思うんですけど、一時金がもらえてます。30万くらいあったと思うんですが、振込だったので 僕は通帳もカードも持ってないので使えなかったけど、
社員になってすぐに初めて責任者として 出張仕事に行きました(福島の原発)
フェリーの12時間は、ゆっくり出来ますが音と揺れに慣れないと睡眠がよく取れないかもしれません。
交替して 運転してましたがとにかく 遠かったです。
ちなみに泊まってた宿は、東北地震の時 流されたようです。営業してたかはわかりませんが。
Mくんとユニックに乗って 相当時間をかけて行ってます。あと 職人さんは新幹線とか公共の交通機関で来てました。10日くらいの仕事でしたが、途中2回ほど台風が直撃したので2週間くらいになりました。
家に帰ると、自分の家じゃないんじゃないかというくらい 家具を買ってたりしててびっくりでした。失業保険のお金で買ったんだなとしか考えませんでしたが、まぁ自分は仕事してお金さえ入れればいいのですから(もうこの時は財布は嫁に渡すように義母から言われてましたから渡してます)子供が不自由なく出来てればいいかと 思ってたわけです。

短い出張とかで数日 家を空けてましたが、基本 事務所勤務でした。事務所勤務はM君もそうだけど 段々事務所が嫌になってました。2人とも 初めの頃は いきいきして働いていたのですが、とにかく毎日帰れる時間が遅くて、営業とかで社長のお供をすると夜中遅くまで付き合わされ 朝は 普通に早く出てこないといけないし、休みも中々取れません。
社長と一緒に行くとなると 毎回そうなって 社長は昼頃 事務所にくるから 余計に不満が溜まってたと思います。とにかく朝は早く家を出て 帰りは遅い毎日でした。
いつも 寝不足でちょっと時間があったら こんな風に
Mくんが よく僕に寄ってきて「早く帰りたいです」と言ってたのを何度聞いたかわかりません。彼は独身のひとり暮らしでしたから 家に帰っても誰もいないけど それでも早く帰りたいって言ってたのですから 相当嫌だったのでしょう。
たまに出張とかあったとしても ほぼ 僕と行動を共にしてましたから 彼をよく理解出来てましたけど なにもしてあげれなかったです。

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