2018/03/08

1963年生まれの7つ違いの兄の事


兄弟は、9つ離れて一番上に姉で、すぐ下に兄がいます。兄は早生まれなので姉とは学年はひとつ違いです。
姉は 今でも近くに住んでるし ずっと色々と面倒みてくれてますけど
兄は、一緒に過ごした期間は10年もないかもしれません。
まぁ たまには電話があったりするんですけど。

一緒に過ごせた時期は、小学生の頃までなのですが
一度も 怒られたり殴られたりされたこともなくかわいがってくれたと思います。

僕が夏休みの宿題で、忘れてて水彩画を仕上げなければいけなかった事があって
二学期の初日の朝早く起きて 色を塗ってましたけど 7時半には学校に行かなくてはいけないので
とても間に合いそうになく泣きながらやってた のですが、中学生の兄は学校も近かったので時間に余裕があったのも考えられますけど
「おまえ、飯食って きがえれ~」といって 絵を仕上げてくれました。
兄が描く絵は、日頃よくみてたのですが いつも「にいちゃん絵が上手だなぁ」と思ってました。姉はダメですけど…
とにかく 姉と兄のバトルはよくありました。
このふたり 小さいときから闘っていたようです。
そんな兄ですが、僕とちがって中学生の頃はちびっ子だったと思います。
じいちゃんのサマーベッドで無防備に寝てた兄に
突如襲いかかる姉
しかし学校ではかなり悪さをして母親がなんども呼び出されたり 風呂に入ってる時に灰を掻き出す鉄の棒で、母親からよく叩かれてるのを見たことあります。絶対痛いですよ。
そして 数年後、同じ中学に僕が入学した時には 初対面の先生からこう言われました。
「おまえ、もしかして○○の弟か」と。体格は大きいけど顔みたらよう似とると。当時の兄に手をやいてたことを話してくれました。
その後、バレーボール部に入ったときは女子の体育の先生からも 「○○きょうだいの弟か?」と言われました。
卒業して何年も過ぎてるのに うちの姉と兄は 先生達にインパクトを残したんだなぁって思います。

うちでは、1970年中盤頃までこの作業があったみたいです。
ところで、昔の自分ちは 汲み取り式の便所だったので 溜まると大きなひしゃくでくみ出して バケツに入れ それを畑に穴を掘って埋めるという作業をやってんですけど(近所の家もほとんどがそうでした)畑の肥料になり、通称「肥やし汲み」と呼んでました。
兄が、ちびっ子ながらいつもやってました。母親もやってましたけど。
僕は バキュームカーが普及したおかげでやったことはありません。
姉は女の子ということで やってなかったのでしょう。兄がやってる時にも 迷惑そうな顔で兄にちょっかいをだしてましたので。

普段からすぐに きょうだいゲンカをしてたふたりは なにか駆け引きがあったのでしょう。
姉が 肥やし汲みをすることになったのです。 彼女に悲劇が襲いました。
このことは、今でも話に出すと 姉から怒られます。
 汲みだした汚物をバケツにいれ 畑まで運んでるときに踏み外して 転んでしまい全身汚物をかぶるという事が起きたのです。
僕は見てたのですが  関わりたくないので 知らなかった事にして出かけましたが おそらくあの2人はまたきょうだいゲンカをはじめたでしょう。
でも、片付けは兄がやったと思います。

きょうだいゲンカの とばっちりとして 
姉「あたしの味方にならんと ごはん作ってやらん」
兄「おまえ 女の味方になるんか」と圧力を掛けてくる。そんな日々でした。  

姉は高校にすすみましたが、兄は中学を出てすぐに県外で働くようになったので一緒に過ごす期間が少なかったのはそのためです。
しかし 1年遅れで地元に帰ってきて 高校に行くようになりましたが 1年働いて カワサキのナナハン(車種不明ですけど)を持ってました。
いつも、みがいてピカピカにして大事にしてました。
小学生だった僕を学校に送ってくれたこともあります。
そのときのセリフが
「車やと、5分かかるけど これやったら2分でつくんや」と自慢げに言ってました。
実際、うしろに乗っけてもらったけど 怖かっただけです。
そんな バイク、自分も嫌いではなかったので 兄のいないときに またがったりしてみたんですけど
夏休みのある日、そのバイクを触ってると倒れてきて、一生懸命、支えたんですけど重くてささえきれず 大声で叫んでテレビを見ていた兄に助けを求めました。バイクは倒れずにすみましたが バイクのどこかが左足のひざ上のところに刺さり 深く切ってしまいました。
母親に言うと、兄も怒られるので
言えずに 普通なら病院にいって 縫合してもらわないといけないはずですが 泣きながら自分でタオルで血を拭き取り オキシドールで消毒してから
絆創膏(当時はバンドエイドしかなかったような)で 自然治癒をめざしました。
50年以上たった今でも、その傷跡は消えてません。兄も覚えてないでしょう。
絵ではバイク小さく見えるけど かなり大きなバイクでした。
そのあと数ヶ月後、兄はバイクで転倒し入院。学校もやめてまた県外に就職しています。
大人になって、兄の長女と自分の長女が(いとこ同士)が 法事の時に会うことがあって 人見知りの激しい兄の子誰にもなつかなったのに、ひとつ下の自分の娘とはすぐに仲良く遊んでるのをみて まわりはみんな驚いてました。しかも 声がそっくりで親が間違うという事もありました。
姪っ子は関西で育ったので 娘とはすこし イントネーションが違うので区別できますが、電話で話してもそっくりすぎてびっくりです。

なので、一緒にすごした期間は短くて 離れて過ごしていますが 兄弟は一生兄弟なんだなぁと。

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